ヨークシンポジウムの開催
また当時の横浜は、下水道の整備や学校建設などの都市問題を多く抱える中にあり、なぜ自治体が国際交流を行う必要性があるのかといった議論が関係者の間で盛んに交わされていた時期でもあった。 設立当初の5年間に開催されたヨークシンポジウムのタイトルを見ると、第1回「海外ジャーナリストからの提言 日本の国際化と横浜の役割 」(81年)、第2回「地球化時代の都市活動 その現実と将来 」(82年)、第3回「横浜・異文化クロスオーバー」(83年)、第4回「新古今若者集 リージョナルからグローバルへ、グローバルから若者へ 」(84年)、第5回「日本語と国際コミュニケーション」(85年)といったように、日本や横浜の国際化を進めるにあたっての理念や指針に関することや、国際間コミュニケーションのあり方について考えるシンポジウムの開催が目立っている。 第1回目のシンポジウムの報告書は、『都市と国際化』と題して弘文堂から出版され、自治体における国際化政策の理論書として各界から好評を得た。 一方、「地域の国際化」がテーマとして掲げられるようになるのは、外国人が地域社会に少しずつ増え始めた87年以降からである。ちなみに、第7回「地域社会の国際化 外国人、これからは、ともに暮らす隣人です。」(87年)、第8回「市民の国際交流活動の可能性」(88年)、第9回「外から見た内なる国際化」(89年)といったテーマのもとに、多くの市民の参加を得てシンポジウムが開催されている。 |
また、91年に起きた湾岸戦争を背景に「国際貢献市民フォーラム 私にもできる国際協力〜地球市民「実践」への第一歩〜」(92年)が開催され、横浜市内を中心に20の国際協力NGOが参加し活動紹介ブースを出展した。 横浜の国際交流・協力のあり方や異なった文化を理解するためのコミュニケーションのあり方などについて市民とともに考えるヨーク国際シンポジウムは、設立以来毎年開催されてきたが、94年を区切りにその役割を一応終え、以降国際交流に関する具体的なテーマのもとに小規模なセミナーや講座へと引き継がれ現在にいたっている。 【報告書】 『国際シンポジウム「海外ジャーナリストからの提言
日本の国際化と横浜の役割 」』(1981年10月) 【出版物】 ![]() 第1回ヨークシンポジウム「海外ジャーナリストからの提言-日本の国際化と横浜の役割 |
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