第3期 1990年〜1996年(平成2年〜平成8年)

拡充期


ヨークを取り巻く社会状況の変化

 この第3期は、協会にとって2つの大きな変化があった。

一つは、1985年(昭和60年)の「プラザ合意」によりドルの切り下げが容認されて以降、円高が急速に進み、その影響で、市内にも80年代後半から多くのアジアを中心とする外国人労働者や留学生がやってくるようになっていたが、90年6月「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律」施行により、それに一層拍車をかけ、新たに南米出身者が急激に増加した。その結果、96年の外国人登録者数は協会設立時の約2倍の約4万9千人に達し、家族を含めた長期滞在、定住化という現象を引き起こし、在住外国人への対応が進められたことである。

 もう一つは、89年に「市政100周年、開港130周年」を記念して「宇宙と子供たち」をテーマに「横浜博覧会」が開催された。1,300万人以上の人が入場し、翌90年にその剰余金4億2千万円と市からの補助金6億円により、市民の国際理解と国際親善、国際協力を目的とした国際交流活動を継続的に支援し、国際文化都市横浜の形成に寄与することを目的とした「横浜国際交流基金」が協会に設立されたことである。

ヨーク事業の拡充

 定住する外国人が増加するに伴い、協会の事業も従来の交流事業から地域の国際化事業へ重点が移行していった。日本語ボランティア支援事業や市民通訳ボランティア派遣事業はこの時期に始まり(内容の詳細については第4期参照)、また、「横浜国際交流基金」の運用益及び寄付金により、市内で国際交流・協力や在住外国人支援活動を行う市民活動団体に対して資金の面で援助する助成金の支給、市内に在住・在学する留学生に生活支援金(94年より学習奨励金)の支給、海外の若手研究者を育成する横浜フェローシップ事業などが行われるようになった。

 また、地域の国際化を進める上で、異文化理解はその基礎となるが、従来隔年で行われていたアジア地域経済交流横浜会議(YCEDA)が、アジアの様々な文化を紹介するアジア交流促進事業へと転換していき、基金による青少年文化交流事業も実施された。

 このように、第3期は外的要因に対応するため、協会の事業が変化するとともに、基金の設置により新たな事業も開始され、協会の事業が拡充していった時期であった。


横浜博覧会
●アジア交流の促進
●国際交流・協力活動への助成
●留学生・研究者への支援
●青少年の文化交流
●国際交流情報誌『ヨークピア』


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